■■<S社8mmビデオのキラル・デザイン>■■D-011
ホーム設計方法論 2009-5-17記述

1. キラル・デザインの典型事例
■人間工学(エルゴノミクス)の難しさを最初に体験したのは、40年ほど前、設計部門に入社した初期の設計である。新入社員には、まだメインの機構設計は任されないので、プリント板の実装や、配線経路などのいわゆる電装設計から入っていく。そんなとき、係員用のデスクトップ操作卓の外観設計をさせてもらった。横長のパネルに沢山のスイッチと沢山の表示ランプを並べる。それをきれいに左側にスイッチ類を、右側に表示ランプ類を配置した。だれかが、これでは右利きでは使いにくいことに途中で気がついて、裏返しの図面を書きなおした。多分右利きの設計者であれば、同様に無意識に逆向きの設計をしただろう。左利きの人間にとっては、こんな簡単な装置の設計でも、人間工学を意識しておく必要があることに気付かされた。要するに、「左利きの設計者」は、無意識に左利きに使いやすいように設計してしまう可能性があるから、常に右手で操作することを意識していなければ失敗する可能性があるのだ。その当時から、人間工学や工業デザインというものに関心を持つようになった。しかし、その人間工学が必ずしも、左利きを意識していない。というより、人体計測に基づく平均値から、装置の形状を導きだすという単純な方法では、左利きを扱えないからである。左右の手は、そこから平均値を求めることの意味はない。それを思い知ったのが、以下のS社の設計例である。

■今から20年以上前、1987年に、子供が小学校に入って、家庭記録用に8mmビデオカメラを購入した。当時の素人用としてはハイエンドHandycomPRO(CCD−V90)というモデルである。何しろS社好きであり、しかも素人心をくすぐるスペック、飛びついて買った。残念ながら、当時の電池の充電制御技術は未確立で、公称電池寿命のはるかに短時間に電池切れになってしまうこと、また別に8mmのビデオデッキを持っていなかったために、本体を直接テレビに接続して視聴していたら、短期間にヘッドが摩耗してしまう等、実用性が高くなかったので大事にお蔵入りとなった。しかし、そのパンフレットは、特に重要保存資料という位置付けで、手元に置いた。注目すべき記述は以下である。


■そのパンフレットには上のように、そのハンドグリップの設計思想を説明している。

…人間工学に基づいて、コンピュータにより3次元処理を施し設計したグリップ形状ですべての方の手にフイットするよう考慮しました。。数百のデータに基づく手形パターンをコンピュータにインプットしとグリップの形状を決め、さらに本機を構えたとき、手首から肘に向かって重さが伝わるよう内部回路までも考慮設定して重心を位置づけています。その結果、グリップに手を差し入れて手のひらが開いた状態でも、前後左右に傾くことはなく、まるで手の一部になっているかのような感覚でカメラ撮りが駆使できます。……

 その「すべての方の手」という自信に満ちた表現に、その当時は直接的な反発を感じた。左利きは全ての方の中に含まれないのか。現在の視点で見れば、数百の三次元手形パターンを取るよりも、その人達に単純なインタビューをすべきだった。「あなたは右手でボディを持ちたいですか?」 そうすれば、以下のような意見は簡単に取得できるだろう。
 1)自分は右利きだが、右手でメモを取りたいので、左手でホールドしたい
 2)長時間右手でホールドしていると疲れるので、たまには左手でホールドしたい
 3)本体のスイッチやカセット操作など、細かな作業は右手でしたいから、そのときは左手でホールドしたい
 4)右手が不自由だから、左手でホールドしたい
当然、10%の左利きがいて、その内の一部は、「左利きだから左手でホールドしたい」と言うかもしれない。その意見は若干観念的で、上の1)と2)の右手利きの不便さは、実は左利きにはなく、むしろ無意識に便利さを享受しているからである。以上の意見を集約すると、右手にフイットするということは、必ずしも人間工学的に成功した設計とは到底言い難い。右手でも左手でも操作できること(アキラル・デザイン)が求められる。
2. アキラル・デザインの試み
■2002月、当時参加していたJSC(ジャパン・サウスポー・クラブ)というインターネット・コミュニティ)に一通の電子メールが届いた。【左手でも右手でも片手操作のできるビデオムービーを発明した】という方からだった。注目したのは、この方が左利きではないということ。左利きではないのに何故、左手でビデオムービーが操作し難いことに気が付いたのか興味を持った。そこで、お会いして、話しを聞いた。その方は30代のグラフィック・デザイナーのSさん。
 数年前の小学校の運動会での出来事が、この発明のきっかけとなったとのこと。そのとき奥様が右手にけがをしていたのだが、左手でカメラを持って学校に出かけた。そして、いざ撮影しようと左手でカメラを構えようとして、初めて左手ではどうにもならないことに気が付いた。結局、その日は記念すべき我が子の記録をビデオに残すことができなかった。それを知ったSさんが考えたのが下の図の構造。上部のレンズが前後に回転することによって、左右いずれの手でも操作可能となるというアイデアである。 


 Sさんに会うまでは、左利きとして観念的に右手用S社ビデオムービーを批判していたが、右利き、左利きという次元を越えて、「片手操作」機器が、特定の側の手が不自由である人にとって決定的に不便だということを知った。この経験によって、自分自身でのハサミでの体験から、「左手専用/右手専用」の設計は、道具の操作性において本質的な改善策とならないという主張に対して、より切実な事例が追加された。




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