■■<何のために今なお「働く」のか>■■G-015
ホーム技術者の黄昏 2009-5-30 記述

■昨日、年に一度開かれる退職した事業部のOB会に出席した。久々の芝浦の本社ビルは、インフルエンザ対策でものものしい雰囲気。諸先輩やかつての同僚から、「まだ働いているのか?」、「蒲田の町工場に雇われたんだって?」というような質問を浴びせられる。悠々自適な人達からは同情的に見られているようだ。設計コンサルタントを始めたなどと言っても仕方ない。
 あれだけサンテイアゴ巡礼に行くと言っておきながら、今だにその一部しか実行していない話しになると、「仕事を辞めてしまえばいいんだよ。」とあっさり助言されてしまう始末だ。<何のために今なお「働く」のか?>という彼らの疑問に答えられなかった。

■一昨年11月末に定年退職して、その翌週から川崎のBerlitzに英会話の入門コースを始めた。プライベート・レッスンで、毎回先生が変わるので、毎回、自己紹介をさせられる。そのたびに、会社を退職したので、一人で海外旅行ができるように英会話を勉強したいという話をする。全ての先生は「Congraturation !」と言う。日本でも、定年退職おめでとうと言ってくれるが、そこには、心から喜ばしいという感じはない。欧米の人々にとっては、退職ということは、自分自身のために時間のすべてを使うことのできる自由を得るということで、働いている人間からはうらやむべき境遇であるようだ。欧米と日本の労働観の違いは、色々語られる。たとえばトリパリウムというラテン語は「三本の杭のついた拷問の道具、鼻輪をつけるために牡牛を固定する道具」であり、、フランス語のTravail(労働)の語源となっている。すなわち望まないことを強制されるというのがフ ランスの労働感である。これが西欧人の労働観であるのだろうか。

■60歳定年になってから、1年半、むしろ現在の方が、定年直前より多忙な自分を発見する。最近の週末は、大体仕事の資料作りをしている。英会話になかなか通えなくなって、久し振りに会う先生に、その多忙な事情を説明すると、非常に不思議がる。本来ならすべてが自分の自由な時間になるはずの時間を、また犠牲にする意味が理解できないようだ。結局、経済的な事情なのだと気の毒がられているのだろう。その英会話も地方出張が増えて、中途半端で止めてしまうことになった。今まで「何のために働いてきたか」は比較的単純である。世間の大人は働くものだという常識に従っただけだ。
 日本経済新聞(2008−2−25朝刊一面)「何のために、終わらぬ問い」という記事で、取材班が3500人に働きがいを聞いたところ、
     自分の成長 46%(1位)
     達成感    43%(2位)
     …
     賃金      31%(7位)
であったたという。賃金が7位というのは屈折した心理だ。自分が成長し達成感があれば、賃金が低くてよいと考えられるだろうか。自分が成長しし、業務達成したのだからこそ、当然賃金は高く得られるべきと考えるだろう。この7位という位置は、賃金「だけ」のために働くのではないという気持ちの表れである。
 さて私が定年後も働く理由として、上の「自分の成長」や「達成感」はありえない。いまさら成長してもしようがないし、何かを達成したとしても、そんな痕跡など人生の黄昏を前にして霧散しまうことは明らかだ。ケインズは「生きるために働く必要がなくなった時、人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる。」と言ったそうだ。その意味では、まだ私は「生きるために」働いているのだろうか。子供達が成人した今、生きるために働いているという切実感はない。今日は、少ししつこく、自分が<今なお働く>理由を考えた。

■技術者という生き方、企業において、技術者というのは、新人から中堅までのポジションであって、経営マネージメントへの訓練期間であるという考え方が強い。自分のように定年まで現役技術者であることは、マネージメント能力のない人間との烙印を押されたようなものだ。そしてマネージメント・サイドは、技術者を「人・月」で算定可能なリソースとしてしか考えなくなる。技術者は「人・月」ではカウント不能であることを、マネージャが理解することは困難だ。だから、定年技術者も「1人・月」、新入社員も「1人・月」、だったら若手を育てた方が良いし、せいぜい、技術継承のために定年後も雇用継続するにしても、それは結局「置いてあげる」という処遇であって、それは賃金に明確に現れる。
 今、定年になって「置いてもらう」という立場を離れられたのが、一番うれしい。さらにホームページで、技術について、自由に語れるのが、何よりうれしい。企業に属していると、技術的な一般論であっても、注意深く慎重に書いても、会社に迷惑がかかる恐れがある。今は、それに遠慮することなく、機密保持だけ意識して書けばよいからだ。

■「私が今なお働く」第一の理由は、現役の技術者に対して、企業内では歯車のような技術者であっても、一歩外にでれば、その技術に支払をしようという人達がいたという事実による。ありがたい話しだが、これは外部的な理由であり、長年の付きあいによる人間関係によるものであって、私の意志によるものではない。
 定年になって一番やりたかったは、「サンティアゴ・デ・コンポステーラ徒歩巡礼」であるが、もう一つは、自分の関わってきた「技術」について、ホームページにいろいろと書きたいということである。ところが、技術は生きているから、かつて経験した話しなど、セミナー会社の講習会の講師を2,3度したら、ネタ切れになってしまう程度のものだ。ところが、企業の現場に関わっていると、毎日が発見で、毎日が勉強である。それがあるから、少しづつだが、ホームページに書くことができる。

■やっと主体的な意味での「私が今なお働く」理由が説明可能となった。「技術について語るためには、常に技術に関わっていなければならない。そのためには技術的な仕事を続けている必要がある。」 技術者であった私の父親は、リタイヤしたらかかわった技術について本にまとめたいと、常々言っていたが、結局それを果たすことはなかった。あり余る時間があったのに書けなかった理由は分かるような気がする。古い技術が無意味となって書けなかったのではない。その古い技術が、最新の技術の現場や、若い技術者にとってどういう意味を持つかが、分からなくなったのだろう。それが分かれば、その古いと思われた技術が、決して古くなく、書き遺す意義に自信を持てただろう。 私が本を書くことはないにしても、可能な限り、技術に関わる場面に接していないと、技術について書けなくなってしまうだろう。定年時のある送別会で、後輩から以下のような「生涯現役」と言う扇子をいただいた。そのときは本音として、生涯現役なんてとんでもないと思ったし、「蒲田の町工場」との契約を10年契約としたのも、本気で70歳まで働こうというつもりなどなかった。
 しかし今、健康が許す限り、技術について書いていこうと思う。そうすると、ずっと技術の現場にいなければならない。とんでもないと思っていた「生涯現役」という言葉が少し現実味を帯びてきた。
 「現役技術者」を続けると、別の送別会でいただいた「遍路用菅笠」を使う機会は少ないし、サンティアゴを歩き終わるには何年もかかってしまうだろう。別に急いで「歩き終わる」ことに意味があるのではなく、「歩き続ける」ことが意味があるという気持ちになっている。これからも「生涯現役の巡礼人生」という忙しい生活を続けよう。これから、月曜日の会議資料を作らなければならないし、学生のレポートのチェックもしなければならないし、8月に計画しているサンテイアゴ巡礼の計画も立てなければならない。忙しい、忙しい。……忙しいのは、別にいいけれど、このホームページの充実がままならないのだけが残念だ。ただ不思議なことだが、この週末のように仕事が多いときの方が、ホームページの記事を書いている。仕事を後伸ばしする性格は直らない。
 






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